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名古屋高等裁判所 昭和36年(う)312号 判決 1961年10月10日

被告人 内藤兼雄

主文

原判決中無罪部分を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

押収に係る偽造銀行券一枚(証第一号)はこれを没収する。

理由

(検察官の)控訴趣意第一点事実誤認の論旨について

所論は、要するに、原判決は、被告人に対する公訴事実中、昭和三六年三月二七日付起訴状記載の偽造銀行券行使の事実につき、原判決説示の理由により被告人の使用に係る銀行券類似のもの(押収にかゝる証第一号の偽造銀行券)は刑法第一四八条にいわゆる偽造銀行券に該当せず、これを行使した被告人の所為は同条の偽造銀行券行使罪を構成しないとして被告人に対し無罪を言渡したが、右被告人の使用した銀行券類似のものは、印刷された文字及び模様、肖像等いずれも真正のものと酷似し、かつ寸法も真貨と殆ど同様で優に真貨の外観を有し、刑法第一四八条にいわゆる偽造銀行券に該当するものというべきであるから、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある、と主張するのである。

よつて、本件記録を精査し、押収にかゝる証第一号の偽造銀行券(領置品名を偽造銀行券としているという意味)一枚(以下本件偽造銀行券という)を仔細に検討するに、本件偽造銀行券は、原判決のいうように、写真製版の方法によつて作成されたものと推察され、これに印刷されている文字、模様及び肖像等は日本銀行発行の真正な千円の銀行券のそれと酷似し、その形状寸法は真貨と殆ど同様であること、たゞその色彩が黒の単色でやゝ不鮮明であり、その用紙が真貨に比較して幾分薄く、紙質も多少劣つているものであることを認めることができる。しかうして、原審は、刑法第一四八条にいわゆる通貨偽造の「偽造」とは、「形式質量等その微細にわたつて真貨と一致する必要はないが、一般人が容易にその真偽を判別し得ない程度か、少くとも一般人をして一見真貨と誤認させる程度に真貨に相似した外観形状を具備するものを作出すること」をいうものと解し、前記程度に製作されている本件偽造銀行券は一般人をして一見真正なものと誤信させる程度の外観を有するものには該らないと認定したのであるが、刑法第一四八条に規定する銀行券の偽造とは「通常人が不用意にこれを一見した場合に真正の銀行券と思い誤る程度に製作すること」をいうものと解すべく(最高裁判所昭和二四年(れ)第二四八五号、昭和二五年二月一八日判決参照)、前記程度に製作されている本件偽造銀行券は、色彩が黒の単色でやゝ不鮮明であり、用紙の厚さも真貨に比して幾分薄く、紙質も真貨のそれより多少劣つているが、検察官主張のように、銀行券の重要部分と目すべき印刷された文字、模様、肖像が真貨と酷似し、形状寸法が真貨と殆ど同様であるから、通常人が不用意にこれを一見した場合に真正の銀行券と思い誤まる程度に製作されたもの、即ち同法第二項の偽造銀行券に該ると認めるのが相当であり、検察官の論旨は理由がある。弁護人の答弁は、原審の認定は相当であるとの主張に帰するものであるから、右主張は採用できない。

そうとすると、原審が、本件偽造銀行券をもつて、同法条にいわゆる偽造銀行券に該当せず、これを行使した被告人の所為は同法条の偽造通貨行使罪を構成しないとして無罪を言渡したことは、事実の誤認であり、かつその誤認が判決に影響を及ぼすこと明かであるから、原判決は破棄を免れないので、検察官のその余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三八二条、第三九七条により原判決を破棄するが、本件は原裁判所が取調べた証拠により当裁判所において直ちに判決するに適するものと認め、同法第四〇〇条但書に従い当裁判所において判決する。

一、罪となるべき事実

被告人は、昭和三四年七月上旬熊井敏介から偽造に係る日本銀行券千円札一枚(証第一号)を貰い受けていたのを奇貨として、同年八月三日午後八時三〇分頃蒲郡市三谷町平口五の四菓子小売商米田みね(当七八歳)方において、キヤラメル一〇個等を買受けた際、右偽造千円銀行券一枚を真正のものとして代金支払のため同人に手交してこれを行使したものである。

二、証拠の標目 三、前科(略)

四、法令の適用

法律に照すに、被告人の判示所為は刑法第一四八条第二項、第一項に該当するから所定刑中有期懲役を選択し、被告人には前示各前科があるので同法第五六条、第五九条、第五七条に従い累犯の加重をし、犯罪の情状憫諒すべきものがあるので同法第六六条、第六八条第三号により法定の減軽をした刑期範囲内において被告人を懲役一年六月に処すべく、押収にかゝる証第一号(偽造銀行券一枚)は、判示偽造通貨行使罪の組成物件で何人の所有にも属しないから同法第一九条第一項第一号、第二項によりこれを没収し、なお、当審における訴訟費用(国選弁護人支給分)は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人にこれを負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林登一 成田薫 布谷憲治)

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